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2010年 03月 04日
まだ10代の頃、技術と技能について考えていた。
正確には、技術は頭がよくなければだめで、技能は馬鹿でもできると。 この年齢になると、なんと愚かしい事と若気のいたりだと恥ずかしく思う。 同じ事を繰り返す事で生じる「深み」は、一朝一夕にはなし得ない。 いくら技術が進歩しても、およばないせかいである。 話は飛ぶが、フリスクのCMを楽しく観ている。 題材は「発想はどこで生まれるか人それぞれ」というもの。CMの落ちは「会議室では生まれない」というもの。 私はというと、90%は風呂(またはシャワー)。残りは車を運転しているとき、本を読んでいるとき、話をしているときだ。 再現性の事も今日の風呂で浮かんできた。 建築家は、2度とおなじ作品を作らないという話を聞く。 敷地や条件の違いは、形やあり方の違いになって現れる。 すると、プレファブの住宅はどうか? 建築ではないといえるかも知れない。 だが、ビジネスと考えると、再現性の無い事は、評価然れども儲からない。 そんな世界でも生き残れるのは、一握りだと思う。 私は建築家でありたいと願うが、場所的にも時代的にも普遍的な価値を持ったものを作りたいと願う。 「再現性」は、私にとってはとても重要なファクターである。 kiri@
by invisible-design
| 2010-03-04 01:48
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